DAYS JAPANフォトジャーナリストスクールの卒業生達が自らの視点で世相を斬ります


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『ソーラーのらや てんさん自然エネルギー講座〜その2〜』

☆4

てんさんは森を開墾して暮らしていましたが、
資本主義に極端に加担しないというのが、強烈にあったそうです。
だから、人が捨てた物を拾って使うのが大好きっとおっしゃられていました。
ここからは、お風呂の話に移りますが、
知り合いの方が、庭が狭く温室(※植物園にある温室が一畳くらいのイメージ)が、
ジャマになり、貰って欲しいという事で、喜んで頂いたそうですが、
その温室の中に、風呂桶を土に半分埋めて、お風呂として使っていたそうです。
(※土は優秀な保温材になりえます。)
そして、お風呂の近くには、“太陽熱温水機”が設置されていました。

ここで、確認ですが、
・太陽電池は、“光”を電気に変える装置。※よく、屋根に設置されているもの。
・ソーラーは、太陽の“熱”をそのまま熱利用(お湯にする)
 ※ソーラー(太陽熱)温水機。

エネルギーなしでは、暮らしが成り立っていかない位に、
私達の暮らしはエネルギーで溢れていて、その中でも、
お湯を使うことが多いのですが、例えば、お風呂・台所の急騰など…
必要ですが、それを電気で行うとロスが多いので、
てんさんは、太陽熱をそのままお風呂で利用されてらっしゃいました。
また、お風呂桶の近くに、ちいさな太陽電池を設置し、
それをポンプにつなぎ、そのポンプをお風呂の中に沈めていたそうです。

ポカポカですごく良い天気の時は、その温水器がいっぱいお湯をつくり、
ちいさな太陽電池は電気をつくります。
この太陽電池につながっているポンプが動いて、
グルグルお湯が循環して、夕方にはお風呂のお湯がたくさんになり、
びっくりする位に熱くなるそうで、そういう時にお風呂に入られるとの事です。

また、自然エネルギーで暮らしていると言うと、よく質問されるそうなのですが、
Q:「自然エネルギーで暮らすコツは何ですか?」
A:「自然エネルギーは、自然に合わせて使うしかない。」
すごく抽象的になるのですが、このようにお答えになられているそうです。
そして、てんさんは、「僕の暮らしが原子力を手放す唯一の答えではない。」っと
おっしゃられ、どういう事かといいますと、
「僕は20年間試行錯誤してきて、僕のチャレンジの成果ではある」
だから、紹介しているとの事でした。

そして、ここで1つの例ですが、
ポカポカ天気のよい日に、てんさんの家は、お湯が沸いてお風呂がわきます。
1:「お風呂が沸いたから、お風呂に入ろうょ!」※てんさんの場合。
2:「お風呂に入りたいから、お風呂を沸かそうょ!」※一般的な場合。
1・2は全然違うもので、2の方は必ずエネルギーが存在していて、
  力の論理になります。
また、先程の質問に戻りますが、
Q:「自然エネルギーで暮らすコツは何ですか?」
A:「自然に合わせるんです。」(※例:お風呂が沸いたから入る。)
何度もくり返しにはなりますが、“お風呂に入りたいからお風呂をわかす”
という事は、薪でも、ガスでも、石油でも、電気でも…何でもいいのですが、
そこには必ずエネルギーという1つの形態が生まれますが、
もう一方の自然界からくみとっていくには、
“お湯が沸いたから風呂に入る”しかないっという、1つの例のお話でした。
(※どうしても、お風呂に入りたい日は、
 てんさんも薪でお風呂を沸かされるそうです。)
そこを否定しないのが、原始時代ではなく近未来を目指してらっしゃる
お話にも繋がり、私は、このような無理のない姿勢が好きだなぁっと思いました。

2つ目の例ですが、
てんさんの家は、薪のお風呂・薪の暖房・薪でご飯を作ってらっしゃり、
薪の暮らしは、ガスみたく入れたり切ったりではなく、
ご飯を炊き終わった後などは、燠が残り、
その後にヤカンをかけておくと自然にお湯が沸きます。
ここで、先程の例と同じような事なのですが、
1:「お湯が沸いたから、お茶にしようょ!」※てんさんの場合。
2:「お茶が飲みたいから、お湯を沸かそうょ!」※一般的な場合。
1と2には違いがあります。
…ゆえに、「自然エネルギーは、やはり、こちらが自然に合わせる。」
こっち側が自然エネルギーに同調しようとする気持ちが、すっごく大切で、
そういう心持ちが、一番こころのベースにないと、
なかなか成り立っていくのが、難しいっと教えていただきました。

そのお話をお伺いし、実際の自分の日常生活に当てはめて考えますと、
正直言いまして、なかなか、こちら側が自然エネルギーに同調し、
自然エネルギー100%で電力の自給自足をすることは難しいよなぁ…っと
私は感じました。しかし、そこで諦めるのではなく、
まず自分にできることを行動に移していく事は、できるのではないかと
私は思います。その行動とは…このレポートはまだ続きますので、
てんさんのお話からヒントを見つけつつ考えたものは、
後日お伝えできればと思います。

☆5

エネルギーの形態として、電気の話と少しはずれますが、
“ちいさなエネルギーで、どれだけ豊かに暮らせるか”のチャレンジャーである
てんさんは、電気から離れて煮炊きというものにも思いを巡らされていて、
ご飯を全部、薪で炊いていたそうです。それは冬はポカポカでいいのですが、
夏は暑くて地獄との事、外に夏用のカマドがあったそうです。
そこには、蒸しカマド(※でっかい陶器の植木鉢の上に、
大きな陶器のすり鉢を逆さにし、それを蓋にしたようなイメージ)があり、
それは中にぱこっと、蓋が開き、その中で、お米を炊いたり、
ドングリで作ったクッキーを焼いたりしていたそうです。

その蒸しカマドは、東北の一部の人が知っているとの事で、
私も初めて知りました。蒸しカマドのメリットは、
少ない燃料でご飯が炊けたり、クッキーを焼いたりできますし、
燃料が何でもよくて、例えば、木の皮・松毬・田んぼがあれば
ワラでもいいそうで、とにかく燃えるものがあれば、
このように“ちいさなエネルギー”で煮炊きができるとの事です。

また、効率的な良いものを、石釜とかいろいろと外に探しに行きますが、
実は、蒸しカマドという小さなエネルギーで、
ものすごく効率的に煮炊きができるものは、
私達の親の世代や、おじいちゃん・おばあちゃんの世代にあり、
昭和の初めにも、戦前にもあったと、教えていただきました。
私は、その話から、エネルギーのことも含め、昔の人の知恵や暮らしには、
現代でも現実的に使える大切な技術や生きていく術になるような
ヒントがたくさんあるのではないかと感じました。
例えば、ほんの数十年前には原子力に頼らなくても、暮らせていたのですから、
私たちも、昔の人の生きていく術や知恵から、何かしらのヒントをみつけ、
今の生活を見直していくことも大切ではないかと私は思います。

…私事で話が少しそれますが、
自分の親の小さい頃は、家に冷蔵庫も洗濯機もテレビもない時代だったそうで、
お風呂は五右衛門風呂でした。カマドでご飯を炊き、
七輪で料理を作っていたとの事、身近な親も、実はてんさんと同じく、
ちいさなエネルギーで暮らしていた経験があり、
ヒントの宝庫かもしれないなっと思いました。
そして、母は「何もない時代を知っているから、団塊の世代は強い」っと
言っていました。それを聴き、たくましいなっと私は思いました。
また、私は生まれた時から、電化製品も揃っていて、何の疑問も持たず、
そして、エネルギーを使っているという意識すらなく、
当たり前のものとしてそこにあり、生きていました。
だからこそ、それらの殻を破り、私たちの暮らしのあり方を考えていく
ターニングポイントは、この“今”ではないかと私は思います。

ここからは、津波の被災地支援のお話に移ります。
てんさんは、3月26日に初めて被災地に入られたそうです。
「それまで何してたの?」っと思われるかもしれませんが、
どこのガソリンスタンドに行っても、ガソリンが一滴もなく、
身動きとれない状態だったそうです。

てんさんの支援プロジェクトの中に、
「被災地に自然エネルギーで灯した明かりを!」っというものを立ち上げ、
それを呼びかけられたところ、ガソリンを送って下さった方がいらっしゃり、
てんさんは、「あの頃は、一番ガソリンが届くのが嬉しかった」っと
おっしゃられていました。それほど、ガソリンが不足していたとの事です。

また、てんさんは、支援プロジェクトとして、
他に何をされていたかといいますと、
3月11日からの避難経路で、放射線を独自に測定し、
みんなでネットワークをつくり、それを発信されていたそうです。
3/11・3/12福島第一原子力発電所が水素爆発以降、
各地で放射線測定をすることが、必至でしたが、どこの自治体も青天の霹靂で、
「あれ?放射線って何だろう?」のような初歩的なところから立ち上がり、
その中で一刻もはやく避難しなければならないのですが、その指針もなく、
混沌としていて、数値を計る機械があっても使い方が分からない状態の中、
放射線の数値を発表しなければならない状況だったそうです。
そして、放射性物質は、
「目にみえない・臭いもない・全く五感で感じることができない…」
だから、てんさんはネットワークをつくり、
みんなで数値を計り発信されていたそうです。

その話をお伺いし、一人じゃできないことも、
みんなでやればできる事があり、ネットワーク(人と人の繋がり)の大切さを、
改めて私は感じました。
そして、人は人によっても傷つくこともあると思うのですが、
人により癒されたり、助けられたりもするのではないかとも私は思います。
だから、私は心を閉ざさず、
こころの痛みと共にてんさんのように優しくなりたいです。

話を戻しますが、自衛隊が被災地の道づくり・復興の足がかりの活動を
始めていた頃、避難所・公民館などを重点に
“ちいさな太陽電池のシステムをいっぱい設置する”というプロジェクトを、
てんさん達は実行されてらっしゃいました。
なぜ、ちいさな太陽電池のシステムかといいますと、
巨大なものを1個設置するよりも、ちいちゃなものを、いっぱい設置し、
困った人をいっぱい助けたかったからっとおっしゃられていました。

また、ここからは実際に、ちっちゃなエネルギーが役立った事例を
紹介させていただきます。被災地のたまたま高台にあって助かった家があり、
そこに40人位でお暮らしになられていて、夜はまったくの闇で、
以前お伝えしましたが、携帯の電波はいいそうなのですが、
誰も充電ができない状態でしたので、まずは携帯電話の充電スタンドを
作られたそうです。それは、ちっちゃい太陽電池3枚(※1枚が40W出力できる)
3枚×40W=120Wの蓄電池を持つシステムとの事です。
※中には犬小屋の屋根に太陽電池を設置され、
それを携帯の充電スタンドとして活用している事例もあるそうです。

また、現地は混沌としており、「何か必要なものはありますか?」っと
お伺いすると、「いっぱい人が死んで不安で明かりがないから余計に不安になる。
 とにかく、明かりをつけて欲しい!」っという声が多かったとの事で、
街頭を照らす照明などもメインに設置されたそうです。

そのような中で、津波で壊滅した自治体がいっぱいありますが、
問題もあったとの事です。それは、いろんな人が、公的な場所(公民館・学校など)
に避難されてらっしゃり、日本中から、あたたかい支援もたくさんありましたが、
その支援は、公的な場所に避難していない人には
届いてなかった現実もあったそうです。
なぜ、公的な場所に避難していない人がいらっしゃるのか?
例えば、寝たきりのお父さんを介護されている方は、避難所だと難しい面もあり、
なかなか公的な場所に避難する事ができない場合もあります。
その方は、たまたまご自宅が無事だったので、ご自宅で介護をしつつ生活をする
という選択をされた事例もありますし、その他でも、さまざまな事情があり、
公的な避難所にいれない人もいるという事も教えていただきました。
※逆にそのような現状を知った人達が、公的な場所に避難できない人の為に、
食べ物や服を届けるという活動もあったようです。

先程の自宅で介護をしつつ生活をするという選択をされた方ですが、
その方は、お父さんのたくさんの洗濯物を海や沢や崖からでる水で手洗いで
洗濯をされてらっしゃたのですが、脱水ができず困っていたそうで、
その方が「太陽電池で洗濯機が動きませんか?」っと質問をされ、
てんさん達は「大丈夫ですょ。僕たちの出番です!」っとお答えになり、
そのお宅の屋根に設置した、3枚の太陽電池のシステムで、
洗濯機・携帯電話の充電スタンド・夜のあかりが使えるようになったそうです。
(※太陽電池と洗濯機の組み合わせは相性がいいとの事です。
理由は、晴れた日に洗濯をすることが多く、太陽電池は晴れた日に
電力をいっぱい生みだして、安定的にとり出せる為)

「これらは、すごく喜ばれた事例です。」っと笑顔でおっしゃられ、
その笑顔はあたたかくて、やさしさや、人となりが伝わってまいりました。
そして、支援する側や、される側という垣根を超えて、
お互いに同じような笑顔になっていたんだろうなぁっと私は感じました。


☆6

地震や津波の被害もありますが、3.11の地震で地盤が相当下がり、
今まで陸地だった所が海になってしまった場所もあり、
その中に、岩手県の広田湾近くにあった農産物直売所も地盤沈下し、
海の底になってしまったそうです。

そのような被害にあわれた方のお話ですが、
日々の中で、作物をつくり、それを直売所で販売し、生きていくという暮らしがあり、
それらが、海の底に沈んでしまったという現実から前に進まれる為に、
そちらで働かれていた皆さんがお金を持ち寄って、
「ここで、私たち頑張ります!」っという意気込みとともに、
新たに直売所をつくられたそうなのですが、あかり・レジなどを使用する為に、
電気が必要になり、電力会社に問い合わせたところ、当分、電気は復旧しないとの事で、

「太陽電池で照明などつけることはできませんか?」っと、
てんさんに相談があり、太陽電池を設置されたそうです。
そして、明かりがつき、その瞬間の写真をみせていただいたのですが、
おばあちゃん達は手をたたかれて、お喜びになられていました。
その時、震災以来はじめて明かりを見られたそうで、
この、明かりは“直流”のあかりとの事です。

ここからは、少しややこしい電気の話に移ります。
電気には、種類が2つあります。

私達が普段コンセントから使っている電力会社から送られてくる電気は、
「交流」の電気です。それに対し、太陽電池が生み出す電気は、
「直流」の電気となり、この2種類に分かれています。

・直流→ +(プラス)なら+ -(マイナス)なら- これらがずーっと続く電気。
    ※(イメージは乾電池 乾電池は逆さまに入れると動きません。)
     電流の流れる方向と電圧が一緒。
・交流→ + - + - + - + - 交互にくり返す電気。
    ※(コンセントから使う電気)
     電流の流れる方向と電圧が交互に変わる。

電力会社から使っている電気は交流なのですが、理由として、
電気を使う所まで送る時に、交流の方がメリットがあるからとの事です。
また、太陽電池がおこす電気は直流で、その電気を直流のまま貯めて使用する事が、
一番スムーズなのですが、使う方の電化製品が、
電気の質を「交流」を必要とする場合、間に変換する機械が必要となり、
このような変換をする事による電気的なロスが多いと教えていただきました。

しかし、私達の暮らしの中で、実は直流の電化製品は多いそうです。
(例)ノート型パソコンなど ※ノート型パソコンには、
変換機(パソコンとコンセントを繋ぐ四角い物体)がついています。
それがついているものは、「直流」で動いており、変換機を触った事がある方は、
ご存知と思われますが、「熱い」と感じる、それがロスの原因です。
つまり、電気が「交流→直流」に交換される事により、
無駄な熱(※熱=電気を使っている=無駄な電気)が発生していることになります。

「こういうものを減らしていく事が、僕たちの社会のあり方として、
 すごく大事だなと思う部分です。」っとてんさんはおっしゃられていました。

次に、ここからは、電気の単位などの確認のお話に移ります。
「今、自分が使っている電気はどれ位か分かりますか?」っとてんさんが
質問をされると、「うちは一万円です!」や「五千円です!」っという
答えが返ってきて、電気の話を、お金に換算してしまう事が多いそうです。
すでに、ご存知の方も多いとは思うのですが、電気は時間帯により区切られており、
夜間に電気を使うと安くなるシステムがあり、
電気をお金に換算すると語弊があるとの事です。そして、

「自分が、どれ位電気を使っているのか?っと思うことが、
 エネルギー問題の、すごく最初の一歩だと思う。」っとおっしゃられていました。

てんさんの言葉を聴き、具体的に “自分がどれ位電気を使っているのか?”っと
いう事を、考えましたが、一番身近なことなのに私はわかりませんでした。
自分の足下も確認できていない自分に気づき、
まずは、一ヶ月あたりの電気の消費量を調べようと思います。
※実際に調べたところ、278kwh(キロワットアワー)で、
前年の同月に比べ-17%でした。家族で省エネをこころがけていたので、
よい結果で私は嬉しかったです。

ここで、単位の確認なのですが、

1,電圧=V(ボルト)→・電気を流そうとする力
           ※ホースがあって水が流れているイメージで
           (水を押している力)

2,電流=A (アンペア)→・電気の流れる勢い
           ※ホースの中に水が流れていて
           (実際に出てくる水の量)
           電化製品によって電流は様々

3,電力=W(ワット)→・電気がする仕事の量
           ※電圧(V)×電流(A)=電力(W)
           例えば、100Vで10Aの炊飯器=1000W

こちらの単位の確認ができましたら、
先程の話にも繋がりますが、電化製品に記入されているものから、
「何W(ワット)だろう?」っと見て、まず知ることが、
「“エネルギー問題の最初の一歩”だと思う」っと
てんさんは、くり返しおっしゃられていました。

ここからは太陽電池のお話です。
避難所などでも使われていたそうなのですが、てんさんが、
これから主流になるのではないかと思われるCISという太陽電池があり、
まず、その特性として、影に強く、曇りの日でもOKとの事で、
結晶系に比べて発電効率が下がるのですが、一年トータルで考えますと、
CISの方が勝つ場合が多いそうで、価格も安く作れるそうです。
また、このCISは九州(※九州はシリコンアイランドとの事です)で、
作られているそうです。そして、九州は地熱が多いので、地熱発電所がたくさんあり、
その中に、大分県の八丁原にある地熱発電所が日本一だそうです。

原子力を止めていき、火力に頼っているものを自然エネルギーに、
シフトしていくという可能性はあると、てんさんも思われるそうなのですが、

「原発を止めることだけが問題解決じゃない。」

私達の要求する電力量が下がっていくならばいいのですが、
もし、このままでしたら、原発のカバーをするものが火力発電として、
それが二酸化炭素をはき出して、地球温暖化になるのではないかとも
言われていますので、火力・化石燃料の依存を減らしていくことも大切で、
膨大な電気量を自分達が減らしていくことが、近未来へのカギと思いますと、
てんさんは、おっしゃられていました。

「原発を止めることがゴールじゃない。
 その先を見据えて、近未来をつくっていく。」

日本は、3ヶ月間で火力発電にて使用する石油代に1兆円使っているとの事、
「1兆円!」と聴き、私は驚きました。世界でみても、こんな国はないそうです。
そんな国に私は生まれ、こんな国にしている私は当事者でもあります。
だから、自分にできることを行動に移していきたいと思います。

「自分達の無駄な電力消費を減らしていくことが大切で、
 今、自分がどれだけのエネルギーで支えられているのか?
 そこから世界を眺めると、いろいろと見えてくる。」

てんさんの行きたい世界に、
エネルギー消費を減らしながら、
近未来には女性や子供が笑える世界がくるように…っというものがあるそうで、
爪に火を灯すのではなく、例えば、日本中で明かり1個を白熱球から、
発光ダイオード(LED)に替えると、車90万台分の二酸化炭素が浮くという
計算もあり、これらでカバーできることが、テクノロジーではないのか?
【※例えば白熱球60W相当が、
 省エネ型蛍光灯で12W・発光ダイオード(LED)で8W】
そして、CCFL(冷陰極管:低消費電力で長寿命)というものもあり、
蛍光灯に比べて、水銀を使っていないとの事、
こういったテクノロジーを利用しつつ、命を脅かすものを減らしていくことも、
(※日本は世界で3番目の水銀の消費国)
同じく忘れてはいけない事ではないかと、私も感じました。

「命を脅かすものは放射性物質だけじゃない。
 私達の暮らしの中で、使っている化学物質などは海に流している。
 それも含めて、暮らしを見直す時期にきているのではないかと感じる。」

今回の震災で、化石燃料が手に入らなくなってしまったり、
安全といわれてきた原発も危険ということが浮き彫りになりましたが、
エネルギーを自給して、小さなエネルギーで豊かに暮らし、
チャレンジをされてらっしゃった、てんさんのお言葉です。
…そして、最後のメッセージとしまして、

「私達が命を脅かさないような社会を目指していく。
 今、使っている電力消費量を減らしていくことが必至。」


かなり長くなりましたが、最後まで読んで下さり「ありがとうございます。」

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2012/3/11 GOODBYE NUKES さよなら原発!福岡デモ
makiko tanaka
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# by photopanda | 2012-04-05 01:21 | 環境・公害

「自然エネルギー講座」

『ソーラーのらや てんさん自然エネルギー講座〜その1〜』

☆1
先日、自然エネルギーアドバイザー坂上尚之さん(通称:てんさん)の、
自然エネルギー講座に参加してまいりました。

てんさんは、ご自分の事を、「学者でもなく、オレンジのツナギを着た
ハチマキをした、おじさんです。」っとおっしゃられていましたが、
私は、初めてお会いしたのですが、あたたかくて優しさがふんわりと
包み込むような方で、お話を聴くのが楽しみでワクワクしていました。

てんさんは、仙台で生まれ、福島県の川内村(福島の原発24キロ地点)で、
2011年3月11日の震災まで、自分で標高620mの森を切り開き、家をつくり、
水をひき、自然エネルギー100%で電力の自給自足をし、
約20年間、森で暮らしていたそうです。

「てんさん、スゴイ!」私は素直に思いました。
また、私は、「自然エネルギー100%の電力自給自足」が、
自分にできるのか?を、以前から考えておりましたが、自分から遠い話のようで、
現実的には、相当の設備や覚悟がないとできないのではないかと感じておりましたが、
今回、その「自分にできるのか?」という疑問のヒントがあるのではないかと、
さらに、興味が湧いてきました。

てんさんは、19歳の時にチェルノブイリでの原子力発電所事故が起き、
こころを痛め、衝撃を受けられたそうです。
「あれ?何気なく使っていたコンセントの向こう側の電気って…
 もしかして、命を脅かすものではないか?」
世界 日本 政府の対応をみて、電気にまつわる社会的な問題、
エネルギーって何だろう?っと興味をもち、
それから、てんさんは、「僕は森で暮らしてやる!」っと
強く思われたそうです。

人間・動物・植物などをピラミッドに例えると、
食物連鎖もあり、人間は頂点の部分に例えられますが、
実際、ポンッと野に放たれた時に「どれくらい生きていく能力があるのか?」
そこからも興味が湧き、自分で森を開墾しよう!っと思われたそうです。
そして、場所探しの為に、北海道から沖縄まで旅をし、
その中で、なぜか縁があり、福島県に辿り着かれたそうです。

福島県は原子力発電所(原発)が近くにあり、チェルノブイリ事故後、
電気は何でできているのか?放射性物質って何?基本的な事から勉強され、
原発のメリット・デメリットがあり、それらのリスクも受け入れて、
その中で何ができるのか?っと考え、その頃は、青森県六ヶ所村では、
再処理工場をつくりかけで、そこの反対運動に関わられたり、
また、福島原発は、とっても古い原子炉で安全審査・対策の申し入れなどの
行動をされていたそうですが、

「僕がやるアクションは、そうじゃないのではないか?」

僕は今いる場所で、どれくらい電力を使っているのか?
まず、それを知り、森を切り開き、小屋をつくり、沢から水をひき、
電力を自然エネルギーで自給自足していく事が、
僕のアクションではないかと感じられたそうです。

てんさんの家の近くには沢が2本流れており、
この水の流れはエネルギーの塊である!
『電力の自給→まず、水力発電』から始まりました。

しかし、水力発電には問題もあり、東北の冬は寒く、
冬には氷のかたまりになってしまったり、秋には落ち葉が
つまってしまったり、台風では水の取り出し口がつまったり…っと、
窮屈な思いをされることもありました。
そこで、出逢ったのが「ちいちゃな太陽電池」でした!

その太陽電池で、てんさんが、自然エネルギー100%の電力自給自足を
されている事を知った人達が、「うちにも太陽電池つけて下さい。」っと
“太陽電池”の噂が噂を呼び、それが、なりわいになり、
『ソーラーのらや』が誕生されたそうです。

ここからは、森の開墾の話などに移ります。
「森の開墾」イメージできますか?
私は、パッと思い浮かびませんでした。

まず、大きな木や笹があるのでそれを切り、草刈りをして、
①テントを張るスペースをつくる。
②そこで、焚き火とランプで暮らす。
③山の木をはらい、木をおろし皮をむき製材。
④小さい小屋をつくる。※人間的な暮らしを始める…
⑤開墾から12年、家ができる。

そして、電力会社の電気を使わずに自然エネルギーで、
「あるもので、どれだけ暮らせるのか?」
また、鍬一本で田んぼをつくり、黒米をつくり、
畑で一年中、豊で食べきれないほどの作物をつくりながら、
おかずはハエやアブを捕まえて、沢でイワナを釣る…っという生活。
※家族4人なので、4匹釣ったら終りです。

てんさんの、チャレンジが始まりました。

☆2

てんさんが住んでいた場所は、水が豊で沢から生活圏内に水を7本引き、
1年中24時間、台所の蛇口からは水が出っぱなしだったそうです。
(※蛇口を閉めてしまうと、沢の水を引いているホースが取れてしまう為。)
そこから、余ったキレイな水は管をつなぎかえ、
手づくり冷蔵庫へと使われていました。

てんさんは、電力会社からの電気はひかずに暮らしてみようと決めて、
自然エネルギーでの電力自給を思い立たれましたが、
太陽電池は日中晴れている時、風力は風が吹いている時に発電されるので、
常には、電気を取り出せず、なかなか安定しないという点があり、
電気でなくてはいけないものと、電気じゃなくていいものに分けられたそうです。
例えば、電気でなくてはいけないものに、照明・明かりなどがあります。
(開墾の時、てんさんは原始人のように焚き火の明かりだったそうです。)

また、てんさんは、チェルノブイリでの原発事故が起きた19歳の頃、
エネルギーは命を脅かすものからつくられているのではないかと感じられ、
大人のウソも多くて、エネルギーを熱源に使うとロスが多いことも知ったそうです。
(※イメージとしては、触ると「熱い」「冷たい」これら両方熱源です。)
熱源を利用したものとして冷蔵庫がありますが、てんさんも電気で動く冷蔵庫を
持っていたのですが、常時は動かさなかったそうです。

てんさんは、沢からの水を利用した手づくり冷蔵庫を持ってらっしゃり、
その手づくり冷蔵庫とは、たまたま拾ってきたアルミの風呂桶を半分土に埋め、
(※アルミは金属の熱伝導率が良く、土は上手に利用すれば、
  断熱材になりえるそうです。)
それに水を入れて、濡れないように工夫して食べ物を入れます。
また、その風呂桶に、毛布や着れなくなったTシャツなど何でもいいので
布を垂らしておくと、毛細管現象(※濡れたものを水に置いておくと、
水がだんだん上からあがっていくイメージ。)が起き、
大気にふれた水が蒸発し熱を奪い、中が断熱され温度を下げてくれるそうです。
また、夏場の大気中は30℃くらいですが、沢の水は13℃くらいで、
そこから、毛細管現象により、条件がいいと4℃くらい下がるとのことで、
常時は、電気の冷蔵庫を使わない生活をされていたそうです。

てんさんが、くり返しおっしゃっていたのは、
「僕は原始時代ではなく、近未来を目指している」というもので、
電気の冷蔵庫も持っていて、夏はアイスクリームが食べたいよね!っと思う日や、
氷が必要な時は、そこを否定せず、年に何回か電気の冷蔵庫を、太陽電池の電気で
利用されていました。しかし、ほぼ手づくり冷蔵庫で、事足りており、
「極端な肉食・極端な加工食じゃなきゃ大丈夫!」っとおっしゃられていました。

一旦ここからは、てんさんが2011年3月11日に被災された話に移ります。
てんさんは3月11日に避難されたのですが、それまでは、森で暮らされていて、
風力・水力も扱う太陽電池屋さんでした。

午後2時40分ごろ、ご家族で外でおやつを食べている時に、
今まで経験をしたことのない揺れに襲われました。
それは、突然ふざけて後ろから誰かに押された感じの、空間が歪む位の揺れで、
トランポリンにのっているような感じだったそうです。

その地震の後に一番に気になったことは、近くの原子力発電所だったそうです。
てんさんは原発の近くでわざと暮らし、わざと電力会社の電気を使わずに
自然エネルギーで電力自給していたのですが、自分だけが、様々な柵からぬけたら
いいとは思っておらず、常に意識の中では、原子力発電所の近くで暮らしていて、
子育てもしている認識が強烈にあったそうです。

ニュースでは「原子力発電所は自動停止している」と流れていたそうですが、
てんさんは、本当かどうかを確認に行かれたそうです。その確認方法とは、
てんさんの家から少し離れた所には福島原子力発電所から東京へ50万ボルトの
電線が通っており、その電磁波を計るというものでした。
計った数値は0ミリガウス(電磁波ゼロ)だったそうで、
「あれ?ちゃんと止まっているの?送電が止まっているだけで、
 もしかしたら電源喪失をし、大混乱をしているのではないか?」っと
想像されたそうですが、まずはラジオで情報収集をしながら、
子供たちにご飯を食べさせ、寝かしつけていたところ、
夜9時のニュースで、“実は冷却電源が全部喪失していた”という事を知り、

「あぁ、ついに恐れていた日がきてしまったか…
よし!もうここにはいられない。あれから5時間も経っていて、
今ごろ燃料が溶けているんじゃないか…大切なものだけ持っていこう。」っと
30分で奥さんと避難の準備をされたそうです。

てんさんの大切なものとは、避難先でも、電気が確保できるように、
エネルギーシステムの太陽電池・蓄電池・変換機
(※これらが三点セットでアルミのハードケース入ったもの)と、
手づくり太陽電池だったとの事で、これは災害時にすごく大切と思われたそうです。
また、奥さん(ちあきさん)は、粉ミルクの缶を手に持たれており、
その缶の中身は、ここにはもう帰ってこれないから持ち出したもので、
薫製にして保管していた子供の胎盤・へその緒・卵膜との事で、
「これだけはお金にかえられない。私の宝物」っとおっしゃられ、
車にちょこんと座って、待っていたそうです。

私はその話を聴き、避難する時に持ち出す、大切な物って何だろう?と
考えました。まず思い浮かんだのは、お金でした…。
そして、それ以外、物にはそれぞれ思い出もあり、なかなか、
てんさんや、ちあきさんのように潔くできない自分がいて、
物欲があり手放す事をためらっているのだと気づき、情けなくもなりました。
改めて、物を買うことや、今持っているもの…そして、
“大切なもの”を見直して考えていきたいと私は思います。

また、てんさんや、ちあきさんのように、潔く大切なものを持ち出せることは、
大切なものは普段から“物”ではなく、家族と過ごす時間であったり、思い出や、
自然を感じながらの生活など…こころ豊かに楽しむというものを、
大切にされてらっしゃるのではないかと私は感じました。
私も、てんさんや、ちあきさんのように、こころ豊かな人になりたいです。

話を戻しますが、避難後、一番最初にした事は、ガソリンを手に入れること
だったそうです。東北地方の沿岸部は、国家の備蓄基地が青森県にあるくらい、
すごく石油の精製施設(火力・原子力の発電所も含め)が多いので、
てんさんは、津波・地震の被害で、もしかして、製油所・備蓄基地まで
被害が及んでいたら、ガソリンが手に入らなくなるのではないかと考えられ、
2時間かけて福島の町へ、ガソリンを買いに行かれたそうですが、
わりとスムーズに入れる事ができたそうです。
しかし、その後は、長蛇の列ができており、
ガソリンを入れる事ができなかった現状があったとの事でした。

原子力発電の事故の鉄則は、「風上へ、なるべく距離をとる」との事、
まずは、宮城県に避難されたそうですが、情報収集をしていると、
そこが風下になってきている事がわかり、今度は山形県へ避難されたのですが、
行き着くまでは、ガソリンがどんどん減り、たどり着けるのかわからない…
ガソリンも手に入らない…後ろからは放射性物質も迫ってくる…
まるっきり、着の身着のままで避難してきた為、服も食べ物も少なく、
まるで、SF映画のようだったとおっしゃられていました。

その頃、東北地方は大混乱しており、津波の被害もひどく、
原発の状況も刻々と変わっており、心構えのない人が、どうしたらいいのか
わからない状態だったそうです。

☆3


てんさんの生まれ育った場所は、仙台の沿岸部だったそうですが、
山形県での避難先で、初めてテレビで仙台の姿をみた時に、ものすごく、
衝撃を受けられたそうです。それは、まるっきり壊滅していて、
友人の家も、通いなれた通学路も、何もなくなっていたからです。

しかし、その被災地の状況の中でも、通信車を携帯電話の会社などは、
一早くだされており、普段電波が入らないような場所でも、電波がバッチリ
入るようになっていたそうです。ところが、携帯電話の充電ができない為、
安否の確認もできず、今、自分がどこにいるのか発信できない状態になっており、
真っ暗闇の中で、多くの人が混乱している状況だったそうです。

てんさんは、“必要な場所に、必要なだけの電力を生みだす”ことが
できれば…っと思われ、それは小さな自然エネルギーで可能だ!っと感じ、
自分にできる事としてエネルギー支援を行おうと、ホームページを立ち上げ、
支援金を集め、その集まったお金で購入した太陽電池のパーツをもとにして、
2011年の8月まで、テントをはりながら太陽電池支援プロジェクトを
行われていたそうです。

私はその話を聴き、ご自身も被災されているにも関わらず、
このような支援プロジェクトを考え行動に移されてらっしゃり、
今までされていたチャレンジを行動で示されているてんさん(ご家族を含め)を、
ありきたりな言葉なのですが、「すごいなぁ…やさしいなぁ…」と感じました。
私だったら、自分のことで精一杯になっていたのではないかと思います…。
てんさんや、ちあきさんを見習い、
自分の器をひろげていきたいと私は感じました。

また、法的に規制がない太陽電池の相談を受けた際は、中古の太陽電池を
勧めてらっしゃるとの事、中古メリットとして捨てられていたものを
リユースする事や、エネルギーペイバックタイムという考え方があり、
1枚の太陽電池を作るのに、どれだけの電力を使うのか?それが発電して、
何年でモトがとれるのか?というもので、この考え方に当てはめると、
中古品を使う事は、全体的なコストダウンにも繋がります。

しかし、てんさんは、太陽電池は未来へ向けてのバトンのようなものなので、
もちろん金銭面も大切なのですが、エネルギーペイバックタイムの考え方には
重きを置いていないとの事でした。
また、もう一方の中古品についてですが、表に出ていないのですが、
水面下で取引があり、何年か経つと壊れていないのに、
ゴミにして捨てられているようなバカな話があり、
それを持ってきて辻褄を合わせて、もう一度、誰かが使う…
これが、僕は素晴らしい事だと思うっとおっしゃられていました。

ここからは、太陽電池についての話に移ります。
まず、太陽電池は、アムルファスと結晶系に分かれいます。

・アムルファス→スプレーでシューっとシリコンをふきつけたイメージ。
        ※ペラペラしていて、薄くて曲がります。
・ 結晶系  →シリコンの塊を輪切りにしたイメージ。
        ※主流になっているもので、固くてしっかりしています。

太陽電池はシリコンで出来ていますが、
それは、何で出来ているのかご存知ですか?
私は知りませんでした。そういえば、考えたこともなかったです。
まず、シリコンのイメージは…
おっぱい・鼻の整形や、お菓子の中に(シリカゲル)使われていたり、
おおざっぱに言うと、ガラスもシリコンで出来ています。
シリコンとは、ケイ素という元素で出来ており地球上で2番目に多い元素との事、
それを電気で精製し、純度を上げて、99.9…小数点以下9個以上ついたものが、
太陽電池の原料になっているそうです。

また、てんさんは、自然エネルギー100%で電力を自給されてらっしゃいましたので、
自宅には太陽電池システムが、大小含め11個もあり、
(↑てんさんの場合はできました。)
例えば、1つの太陽電池にパソコンや電話をつないでいました。
(※1つのシステムに1つの電化製品)このように分散していると、
1つがダメになっても、替えがあるので、電気が足りなくなる事は、
ほぼなかったとの事です。また、太陽電池は光を電気に変えていき、
それを蓄電池にためて、雨の日は、その貯めていた蓄電池から
電気を使っていたそうです。
そして、これらのシステムに問題があるとすれば、
逆に“電気余り問題”だったとの事で、晴れの日が続くと、
電気が余ってしまい、そんな時は、てんさんは洗濯係だったそうなので、
もったいないので家中のものを洗濯したり、
パン焼き機でパンを捏ねていたそうです。
(※電気を熱に変えてしまうとエネルギーのロスが多いので、
ゆえに、電気でパンを焼かず、捏ねるだけで、
それを焼くのは薪のストーブだったそうです。)

このように、てんさんの家は明るく豊かに暮らされていました。
しかし、自然エネルギー100%で暮らしていると言うと、
イメージとして薄暗くて、貧乏な暮らしと思われがちですが、
てんさんが向かいたいのは、「原始時代ではなく近未来」だからこそ、
惨めじゃダメだとおっしゃられていました。

てんさんの家の下の方に小屋があり、その夜の風景を写真でみたのですが、
明かりが数カ所に分かれ、煌々としていて、情緒もあり素敵でした。
なんと、その明かりはすべて合わせて50W(ワット)使っていない電力で
賄われているとの事で、50Wの明るさをイメージできますか?
私はピンっときませんでした。ピンっとこないという事は、
いかに普段から電球のWを気にせずに電気を使っているのか…
身近なことを、知ろうとせず、おざなりにしている自分に気づき、
早速その日の夜、まず、自分の使っている電球(2個)を確認しましたら、
12W×2個:計24Wでした。
これからは、W数も気にして節電したいと思います。

また、標準的な白熱電球は60Wっと言われており、
触ると熱いものになっています。先程お伝えしましたパンを焼くと
エネルギーのロスが多い話にも繋がりますが、
白熱電球の話では、本当は“光”をとりたい明かりですが、
“熱”に変わってしまう為ロスが多く、そして、明かりが欲しいのに
90%以上が熱に変わってしまっているので、その分がもったいない!っと、
感じられ、その小屋でお使いになられていたものは、
発光ダイオード(LED)で、1つが4Wくらいのものだったそうです。
(※白熱電球のあかるさ)
会場から「えっ~4W!?」っと驚きの声がでる位、
そのLEDの電球は明るかったです。

てんさんのテーマに、
「ちいさなエネルギーで、どれだけ豊かに暮らせるか?」があり、
例えば、標準的な白熱電球(60W)と同じくらいの明かりを、
LED(4W)で可能にしていますが、
「こういったものをカバーしていくのがテクノロジーではないのだろうか?っと
思うと同時に、僕たちの社会を変えるのはテクノロジーかといえば、
そうとも言えない胸の内があり、いっぱいの太陽電池があれば何でもできて、
オール電化も可能ですが、しかし、はたしてそれが、近未来かというと、
僕はそうとも思えなかった。
ちいさなエネルギーで惨めになってはいけない、その答えが、夜の小屋の明るさであり、
「50Wも使っていない僕ん家の暮らしのあかり。」おっしゃられていたものは、
てんさんのチャレンジのお話でもありました。

…ゆえに、テクノロジーを利用しつつ、しかし、それだけに頼るのではなく、
大切な根の部分は、まず自分達のエネルギー消費を、
自分で減らしていくことではないかと私も感じました。

つづく

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 2012/3/11 GOODBYE NUKES さよなら原発!福岡デモ
makiko tanaka
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# by photopanda | 2012-04-05 01:14 | 環境・公害
DAYSフォトジャーナリスト学校第一期生による祝島の写真を、
今月末栃木で行われる、纐纈あや監督作品の祝島のドキュメンタリー映画の上映会にて展示させていただきます。

お誘いくださった上映会のスタッフの皆様、ありがとうございます。

29日土曜日は小山市にて、30日日曜日は宇都宮にて。

また、29日は15:00より向井雪子さん(チェルノブイリ子ども基金事務局長)講演があります。

私たち第一期生が祝島を訪れていた2009年夏には、纐纈監督がオートバイで島を爽やかに走っていたのがとても印象的でした。

映画の中のシーンと、私たちの写真、重なる部分も多いです。

音、色、人々、海・・・とても美しいドキュメンタリーなので、多くの方に見ていただきたいです。

お近くの方はぜひこの機会をお見逃しなく!



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「海と山さえあれば生きていける。だからわしらの代で海は売れん」

約30年前に原発建設計画が持ち上がった、瀬戸内に浮かぶ「祝島」の人々の暮らしを記録したドキュメンタリー映画。

纐纈あや監督作品「祝の島」上映会 栃木 10月29日(土)30日(日)

○10月29日(土)  場所:小山市立文化センター小ホール
上映時間: 第一回 13:00 第二回 18:00 
15:00より向井雪子さん(チェルノブイリ子ども基金事務局長)講演(※第一回、第二回上映会とも参加可)

○10月30日(日)  場所:とちぎ福祉プラザ多目的ホール
上映時間: 第一回 10:00 第二回 13:00 第三回 15:00

☆両日とも、DAYSフォトジャーナリスト学校卒第1期生「D-Light」の「守るべきもの・祝島」写真展実施

前売り料金:1,000円/高校生500円/中学生以下無料(当日券はプラス300円)

お問い合わせ・ご予約は e-mail:houri1029@yahoo.co.jp
TEL : 080-3400-0343 もしくは 070-5011-1951


+-------------------------------------------------+

*祝の島予告編*


*祝の島公式web*
http://www.hourinoshima.com/

*祝の島on twitter*
https://twitter.com/#!/hourinoshima

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関連websites
○フォトジャーナリスト集団D-light Photoの取材報告必見。
http://blog.livedoor.jp/dlight_photo/

○DAYSJAPN on twitter
http://twitter.com/DAYS_JAPAN

○世界を視るフォトジャーナリスト月刊誌DAYSJAPAN公式HP
http://www.daysjapan.net/
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# by photopanda | 2011-10-04 18:09
*-----------------------------------*
 D-Light 写真展 「守るべきもの・祝島」
 2011年2月11・12日 アースガーデン”冬”@浅草
 http://www.earth-garden.jp/
*-----------------------------------*
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山口県の瀬戸内海に面した上関町。瀬戸内海有数の自然環境を誇るこの土地に原子力発電所建設計画が持ち上がってから約30年。

3.5キロ先に浮かぶ祝島の島民は、自分たちの生活と目の前に広がる瀬戸内海の自然を守ろうと、工事への反対運動をし続けています。

これから先、私たち現代人が、どういう社会を望み、何を守っていくべきなのか・・・私たちの写真を通じて、なかなかメディアでは報道されない上関原発建設計画、祝島のことを知っていただきたいと思います。


○日時 2011年2月11日(金・祝)12日(土)
     10:00~17:00(11日のみ11時スタート予定)

○料金   800円  

○場所  都立産業貿易センター台東館7階
東京都台東区花川戸2-6-5
東京メトロ銀座線浅草駅から370m 徒歩5分
都営地下鉄浅草線浅草駅から500m 徒歩8分

○主催   アースガーデン
http://www.earth-garden.jp/
アースガーデンon twitter http://twitter.com/e_garden/


○イベント情報
<EARTH@HOME…末永く使える日用品や、エコロジーをテーマとした雑貨など
クラフトガーデン @ オーガニックライフ…日用品以外の商品、衣類など
フェアトレードビレッジ…フェアトレードのアイテム各種
エコ雑貨倶楽部…エコロジーとライフスタイルをテーマにした雑貨の販売など
その他、ワークショップ、ステージ企画、NPO/NGO出展など盛り沢山。

今後の詳細はアースガーデンWebのフェスティバルサイトで>


○D-Light
フォトジャーナリズム月刊誌「DAYSJAPAN」主催長期ワークショップ、「DAYSフォトジャーナリスト学校」第一期生卒業生のコミュニティ。
http://panda2009.exblog.jp/

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関連websites
○フォトジャーナリスト集団D-light Photoの取材報告必見。
http://blog.livedoor.jp/dlight_photo/

○祝島フォトスライドショー@ジアスニュース
http://theearthnews.jp/d-light08/

○DAYSJAPAN広河編集長on twitter
http://twitter.com/RyuichiHirokawa

○DAYSJAPN on twitter
http://twitter.com/DAYS_JAPAN

○祝島のドキュメンタリー「ミツバチの羽音と地球の回転」2月19日より渋谷ユーロスペースにてロードショー
http://888earth.net/index.html

○世界を視るフォトジャーナリスト月刊誌DAYSJAPAN公式HP
http://www.daysjapan.net/
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# by photopanda | 2011-02-09 01:03
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 D-Light 写真展 「守るべきもの・祝島」
 2月26・27日(土~日)
 オーガニックショー ポラン広場東京 2011
 http://www.polano.org/10_event/110226_os.html
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山口県の瀬戸内海に面した上関町。瀬戸内海有数の自然環境を誇るこの土地に原子力発電所建設計画が持ち上がってから約30年。

3.5キロ先に浮かぶ祝島の島民は、自分たちの生活と目の前に広がる瀬戸内海の自然を守ろうと、工事への反対運動をし続けています。

これから先、私たち現代人が、どういう社会を望み、何を守っていくべきなのか・・・私たちの写真を通じて、なかなかメディアでは報道されない上関原発建設計画、祝島のことを知っていただきたいと思います。


○日時 2月26日(土) 10:30~17:00
     2月27日(日) 10:00~17:00 

○場所  都立産業貿易センター台東館7階
東京都台東区花川戸2-6-5
東京メトロ銀座線浅草駅から370m 徒歩5分
都営地下鉄浅草線浅草駅から500m 徒歩8分

<オーガニックショー ポラン広場東京 2011>
○主催   NPO法人ポラン広場東京
http://www.polano.org/

"オーガニックショー ポラン広場東京は、有機/オーガニックの生産・製造者と消費者が直接出会うことのできる交流イベントです
生産者が全国各地から浅草に集まり、消費者の方々と交流をしながら、自慢の生産物を展示/直接販売します。イベント特価の目玉商品や試飲・試食・プレゼント・テスティングetc. わくわくドキドキがいっぱい!"

無料招待券プリントアウトすれば、入場無料です。

○オーガニックショー詳細・無料招待券はこちら
http://www.polano.org/10_event/110226_os.html

○D-Light
フォトジャーナリズム月刊誌「DAYSJAPAN」主催長期ワークショップ、「DAYSフォトジャーナリスト学校」第一期生卒業生のコミュニティ。
http://panda2009.exblog.jp/

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関連websites
○フォトジャーナリスト集団D-light Photoの取材報告必見。
http://blog.livedoor.jp/dlight_photo/

○祝島フォトスライドショー@ジアスニュース
http://theearthnews.jp/d-light08/

○DAYSJAPAN広河編集長on twitter
http://twitter.com/RyuichiHirokawa

○DAYSJAPN on twitter
http://twitter.com/DAYS_JAPAN

○祝島のドキュメンタリー「ミツバチの羽音と地球の回転」2月19日より渋谷ユーロスペースにてロードショー
http://888earth.net/index.html

○世界を視るフォトジャーナリスト月刊誌DAYSJAPAN公式HP
http://www.daysjapan.net/
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# by photopanda | 2011-01-20 12:01 | イベント告知